My徒然日記帳

スナップショットの感覚で世の中の事象をとらえ、浮かんだ考えを気ままに綴っていきます。

長岡鉄男さんの辛口評論

今はもう亡くなってしまいましたが、私が知ってる辛口評論家の元祖といえば、長岡鉄男さんです。長岡鉄男さんは、元コント作家(?)という肩書きの異色オーディオ評論家で、スピーカーの自作(特にバックロードホーン)で有名な方です。昔、週刊FMというエアチェック(ラジオから音楽を録音すること)の雑誌があって、当時はレコードも高かったし、FM放送からクラッシック音楽とかを録音して聴くというのが流行っていました。その週刊FMが「長岡鉄男のダイナミック・テスト」というのを連載していて、オーディオ製品の良いところも悪いところもズバズバ指摘するので、面白くて読んでいました。年末には「ダイナミック大賞」という年間ベストバイ機を選ぶ特集記事があって、オーディオ機器の購入の際に参考にしていました。

オーディオ評論家というのは大抵がメーカーと深い関係にあり、テスト機を貸し出してもらうことで評論を書いて生計を立ていたので、悪口を書かないと言われていました。事実どの評論家も、褒めはしても決して悪口を書かないので、大抵のオーディオの評論記事は、全部が素晴らしい機種ということになっていました。長岡鉄男さんの場合は逆で、メーカー側が頭を下げて試聴してくださいと持ってくるので、今風に言えば忖度するという事が無かったと思います(唯一fostexだけは例外だったかも)。確かにオーディオというのは個人個人で好みが違うし、良い音というのは定義しにくいのですが、スペアナ(周波数ごとの音の大きさを測る装置)をマイクに繋いで周波数特性を分析する事で、これはドンシャリサウンドだとか、できるだけ客観的な評価を心がける様にしていました。またStereoSound誌とかの評論家の先生が褒める機種は高価すぎて高嶺の花でしたが、長岡さんは「ハイCP」という言葉をよく使っていて、値段の割に良い音がする製品を推奨していました。59800円は激戦区なので各社開発費を注ぎ込んでいるからCPが高いんだと長岡さんが言っていましたが、確かにベストセラー機が多かったし、長岡さんの影響も大きかったと思います。

自作スピーカーの周波数特性を測る長岡氏

長岡さんの教えは「スピーカーの3倍くらいアンプにお金をかけろ」でした。当時のベストセラーのスピーカーはペアで59800円〜69800円でしたから、スピーカーを鳴らし切るにはアンプは20万円くらいのが必要と言っていました。それから、アンプでもスピーカーでも重いほど良いという事を唄っていて、当時はメーカーもその教えに従ってアルミダイキャストシャーシだとか、アルミの無垢の削り出しのボリュームだとかを真面目にやっていましたね。確かに重い機種は音が良かったし、逆に言えば、そこまでやる気のあるメーカーは、音も良いって事だったと思います。そんな長岡さんのリファレンス機はというと、プリアンプはオーレックス(東芝)SY-88やDENON PRA-2000、パワーアンプMOS-FETのLO-D(日立)HMA-9500が有名でしたね。晩年、プリはアキュフェーズC-290V、パワーはLux Man B-10II(モノラルパワーアンプで重さがなんと1台あたり43.5kg)に買い替えたと思います。私もC-290Vが欲しかったのですが、長岡人気のせいか、なかなか値が下がらず、諦めて先代のC-280Vを中古で買いました。C-280Vも名機で、熱したバターナイフがバターに切れ込む感触と評された部品代だけで10万円もすると言われた松下製の高級ボリュームを使っていたのですが、初めて音を聴いたときの印象は恐ろしくSN比が高く、女性ボーカルの息づかいまで鮮明に聞こえて、あまりの生々しさにびっくりしたのを憶えています。アキュフェーズというのは非常に良心的なメーカーで、部品がある限り修理対応してくれるんですが、さすがに20年くらい経って、もうこれ以上修理は出来ませんと言われて手放し(20万円くらいで売れた)、今はC-3850を使っています。もし長岡さんが生きていたらC-3800をどう評価したでしょうね。

長岡氏が晩年に愛用した Accuphase C-290V

長岡さんは晩年、方舟と命名した鉄筋コンクリートの三角形の建物を自宅横に作ったのですが、中は自作の傑作スピーカーが並べられたオーディオ・シアタールームになっていました。サンスイ、オンキョー、DENONなどの有名メーカーがこぞって開発中のプロトタイプを持参して、試聴を願い出ていたようです。長岡さんはレコードのコレクターとしても有名で、方舟の壁いっぱいにぎっしりレコードが収納されていました。その買い方が独特で、ジャケットを見て良さそうなのをバーっと買ってきて聴きまくるというものです。玉石混交でその中に宝石のようなオーディオ的名盤が混じっているそうです。概してジャケットが良いものは音も良いと言っていましたね。自分の好みの音を、よく「シャープでダイナミックで坊主が裸足で逃げ出す音」と表現しておりましたが、長岡さんの推薦レコードは、どれも凄まじく良い音がしました。

今はもう若い人の間ではオーディオなんていうのは死語になってしまって、オーディオ専門店があちこちひしめいていた秋葉原オタク文化の街に変貌してしまいました。6000円の超軽量な中華デジアンが驚くような音を出す時代になりましたが、長岡鉄男さんが活躍した重厚長大なオーディオが絶対的だった頃を懐かしく思い出します。